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敬老の日・映画「老親」を観る

9月15日衛星放送で、槙坪夛鶴子監督「老親」(原作・門野晴子)をみる。

われわれの「にぎわい名画座」でも、ぜひ皆さんに観てほしい映画だっ

たので、DVDを探したが、製作委員会方式でつくられた映画でDVDは

発売されていなかった。

中学男子と小学女子・二人の母親が主人公。自分の父親は江戸切子

の職人で、癌で闘病中。老父を看病する老母は、長女(主人公)に嫁い

びりの姑を重ね見、娘を虐待してトラウマを与えたが、気が強くそれを

感じている様子はない。夫と子供を家において、実父の看病を実母とし

ているところへ、夫から斑鳩の里にいる夫の母が倒れたので様子を見

に行ってくれと電話。大阪に妹たちが嫁いでいるのに、東京からわざわ

ざ実父看病中の自分が行かなければならないのかと言ってみたところ

で、渋々行かざるを得ない。その背中を押したのは、他ならぬ闘病中の

実父の言葉「私のことは今すぐどうという事でもない、おまえは長男の

嫁なのだから」。

斑鳩の里には77歳の足元の危ない義父も健在で、間もなく義母が亡く

なり、夫の実家で義父との悪戦苦闘が始まる。この京女ならぬ奈良男

の義父を、東(あずま)男ならぬ江戸っ子主婦が、東京から呼び寄せた

子どもたちを育てながら、在宅介護するおはなし。しかも、子供たちが

やがて大きくなり親の手を離れるようになった時、親の介護を嫁に押し

つけて顧みようとしなかった会社人間の夫と別れ、東京に戻って自立し

ようとする。収入の道は、それまでさんざん苦労した老親介護体験記の

執筆。

離婚!これで自分は老親介護から解放され自由になったと思いきや、

そこへまた、大阪の夫の妹のところへたらい回しされた義父が逃げ込

んできて同居してしまう。

自分の目的をみつけ、社会福祉士を目指すようになった娘と、なぜか

古い因習の残る斑鳩の里を捨て元気に若返ってきた義父との生活の

中で、主人公は肩の力が抜けて、在宅介護(老人と暮らす生活)の達人

になってゆく。それを支える必要条件は、高齢者の適度な健康です。

義母、実父、義父、実母、と看護、介護と看取り続ける主婦・介護者の

日常の中での落とし穴は、介護するものがお年寄りを支配してしまうこ

と。お年寄りの方は、面倒を見てもらうのだから仕方がない、ほとんど

ギブアップのお任せします状態、逆らえません。もし逆らっているように

見えても、それは体が不自由で動かないから。家族の介護の中では、

その時々を、突き放して客観的に見ることがなかなかできません。だっ

てくっついていなければ、普段の距離感を最短にしなければ腰痛が襲

ってくるからです。他人任せにできなかった介護には、正解はないので

すね。むしろ、その時、その場で、それなりの情報に裏打ちされた介護

が最善手と信ずる他はありません。これは老親介護の経験者である

私個人への慰めになってしまうのかなあ。

この映画の後半で、福祉士を目指す娘が施設で介護していたお婆さん

が元気になって、逆に自分を介護していた息子の車椅子を押している

シーンが出てきます・・・笑えないのですネー。

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