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創造都市ボローニャ

「ボローニャ紀行」井上ひさし~(3)

はやくも1960年代始めに、「創造都市」という考え方を一つの方式にまとめ、それを着々と実行しているまちが、ボローニャ。

建築家であり、ボローニャ大学の建築学部教授でもあり、市の都市計画部長でもあった人が1986年大阪香匠庵刊「ボローニャの試み」のなかで、「それまでの失敗の理由は、常に大都市的拡張を前提にした・・・都市は成長しなければならぬ、その代償も払わなければ、といった論理は、発展に伴う混乱や崩壊を見過ごし、地域資源や隣人や弱者を犠牲にして進められてきた。その成長の先にある「街の死」「街の文化の衰退」があろうとも。といっている。

成長すれば、都心部の環境は悪化し、そこで郊外へ人口が流出する。その荒れ果てた街の中心部を、再び花の咲き乱れる花園にもどしたのがボローニャ方式。

車を追い出して、都心に41の劇場と50の映画館の網。旧い家畜市場を老人と学生と幼児とが終日一緒に過ごすことのできる施設に改造。旧い証券取引所を、900席の図書館に改造、それまでの他の図書館も継続。女子修道院を女性図書館に改造し、ヨーロッパの女性問題研究センター。旧いたばこ工場を世界一のフィルム改修・映像センターに。歴史的建造物の外観は修理保存して、その内部は老人と学生の住まいに。ホームレスの人たちには、市営バスの車庫を与え、そこを街の清掃センターして、モノと人の再生を図る。さらに・・・・さらに続く。

さて、水戸の街は確か50万都市を目指しています。駅の南北にはビルが林立し、大きなマンションがいくつも立ちました。隣町を含め、郊外にはショッピングモールが何か所もできました。釘やネジを買いにゆくにも、車を出さなければ行けなくなりました。町中ばかりでなく、郊外の住宅団地に暮らすお年寄りは、どうすればよいのですか。めいめいが分断されて、家の中にこもり、テレビでも見て大人しくしていればよいのでしょうか。

隣同士に家が並んでいても、昔と違ってお隣が本当に遠くなってしまったのです。近所事に手を突っ込まないで、知らん振りをしている方がよほど楽です。そんなこのごろ、そんなところでコミュニティを再生することは、大変な労力・気力を要することになりました。

でも、日々の忙しさ・毎日の暮らしの為にバラバラにされてしまった私たちが、もう一度お話のできる場所をつくるためにやらなければならないと、この本はわかりやすく訴えています。自分たちの暮らす水戸の街を、下市を、本町を、3丁目を、自分たちで話し合いながら、みんなの気持ちを聞きながら、暮らしやすい街をつくっていけたらいいですね。でもそのためには、人前でのお話の苦手な人も、気持がやさしくて大人しい人も勇気を出して。

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コメント

私の町でも人口の郊外流出が進んでいます。
それを抑えるため行政が街中に人を集める都市開発をやっているのですが、それは住んでいる人に言わせれば的外れもいい所です。やはり町を元気にするにはそこに住む民間の人たちが動くべきだと思います。ただ、私が住んでいる富山県は郊外の自然が豊かなので、できれば定年は郊外に住み、畑などをしながらゆっくり生活したいという方もいます。街中で暮らすにせよ郊外で暮らすにせよ、人と人とが交流しやすい社会になってほしいものです。

投稿: maraika | 2008年10月 3日 (金) 00時13分

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