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恐るべき「さりながら」フィリップ・フォレスト著

フィリップ・フォレスト著「さりながら」澤田直訳白水社刊

著者は1962年パリ生まれ、パリ政治学院からソル

ボンヌへ転じ、現代文学の研究で文学博士、現在ナ

ント大学で比較文学の教授。

作家となったきっかけが幼い愛娘ポーリーヌの死。

その後「永遠の子ども」をかき、フェミナ賞処女作賞

に。訳者のあとがきによれば、高度に洗練された文

学理論をフィールドにしてきた彼に、一見あまりにも

べたな実体験小説書かせたものは日本の「私小説」

や独自の仕方で自分の家族について語る大江健三

郎の作品だった。

この作品の初めに書かれている小林一茶も、子ども

たちを次々と亡くし、ようやく晩年になって得た娘は

彼の死後生まれるという「出会いそこね」があり、死

と静かに対峙する一茶に対し筆者は限りない共感を

よせる。

プロローグは、一茶のもっとも有名な句「露の世は

 露の世ながら さりながら」からはじまる。

1763年に信濃・柏原に生まれた一茶は2歳で母を

亡くし7歳の時にやってきた継母や近親者からいじ

めぬかれ、田沼意次親子が幕政を主導したころ、

14歳で江戸へ奉公に。同じころ、フランスではルイ

15世が君臨し、神童モーツァルトは8歳で、ルソー

は「社会契約論」を書き上げていた。

一茶のその後10年間の消息はなく、24歳で最初

の句を詠んだ。

   我ときて 遊べや 親のない雀 (最初期の句)

本文より・・・一茶の幼少期は信じがたいほど悲しく

も美しい物語である。この小さな言い伝えにはあら

ゆる要素が揃っている。この迷子を気遣い、手をさし

のべるいくたりかの人物がいる。乳と薬を与え、死を

免れさせてくれた祖母、読み書きを教えてくれる詩人

・・・読み書き、それもまた生き延びるための手だてだ

ろう・・・5歳の時、一茶はすでに世界についてすべて

を知っていた。その悪意、その無尽蔵の美しさ。その

後の人生を生きながら、彼は学んだことが真実かどう

かを確かめることになる。   (つづく)

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