« 明日の『小津安二郎監督の晩春』は混みますよ!!! | トップページ | 吉田喜重『小津安二郎の反映画』から その2 »

吉田喜重『小津安二郎の反映画』から その1

吉田喜重『小津安二郎の反映画』から

小津安二郎の反映画 Book 小津安二郎の反映画

著者:吉田 喜重
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

昭和23年『風の中の牝鶏』・・・悲しき関係 映像と言葉 (本文より)

東京下町の焼け残った家の二階に、間借りしながら暮らす妻と

子供のもとに、夫は無事に帰ってくるのだが、その前に急病に

かかってしまった子供の入院費を得ようと身を売った妻は、耐

え切れず夫に告白し許しを求める。夫はそれを聞いて逆上し、

妻を執拗に残酷なまでに責めつづける、といった劇的に仕組ま

れた筋立ては、小津さん自身が描き続けてきたはずの家族ドラ

マとは、明らかに相反するものであっただろう。家族が家族であ

ることを互いに意識しないことが、最も自然な家族のありようで

あるならば、夫が夫らしく嫉妬し、妻が妻らしく涙を流すといった

場面は、家族が家族であることを強く意識することによってよう

やく可能となる、きわめて作為的なものであり、小津さん自身そ

れをまやかしとして否定してきたはずであった。

 そして俳優の演技にしても、夫と妻を演じる俳優がそれぞれ

に与えられた役割を見事に演じれば演じるほど、夫婦としてより

も個々の人間としてふるまっているように見え、かえって俳優同

士が他人でしかないことを露呈してしまうのである。

 最も多くの映画監督たちは、たとえ夫婦であっても個々の人間

に還元し、とらえて描くことがリアリズムであり、人間ドラマと信じ

て疑わなかったのだろうが、小津さんに限ってはこうした抽象化

された赤裸々な人間はありえず、時間の移ろいと同様に、我々

自身もまた反復とわずかなずれによって、かろうじて自らを表現

するだけだと考える人であっただろう。

 だが『風の中の牝鶏』では、小津さん自身がこだわり続けてき

た固有の規則に明らかに違反して、むしろ映画の映画らしい常

識に従おうとしたのである。

 ・・・小津作品における情景のありようとは、それが風景であっ

ても事物であっても、可能な限りそれを見ている人の視点、誰に

よって眺められているのかという痕跡を曖昧にし、ついには不確

定なままに消失するように注意深く配慮することにあった。

 しかし『風の中の牝鶏』に見られる、階段を虚しく鑵が転がり落

ちてゆく場面に限っては、情景の匿名性といった規則に違反して、

それが誰によって見つめられているのかがはっきり読み取れる、

記名された映像であり、意味がまぎれもなく伝達される情景ショッ

トであった。

 それは明らかに夫と妻のもつれ合った心の破局を物語っており、

乾ききった音をひびかせながら落下する鑵は、夫婦にこうした悲

劇をもたらした日本の現実、過酷な戦後といったものを象徴してい

ることを、観客の誰しもが理解したに違いない。階段の情景は確か

に小津さん自身の視点から見つめられたものであり、戦後の現実

を不当とするメッセージがこめられた映像であるとともに、おそらく

小津さんが自ら作品の中で、ただ一度だけ思わず口にしてしまった

映像による言葉であっただろう。

・・・・・

ひと時の激情が去り、夫と妻は和解する。夫は妻の肩を抱き、「忘

れちゃうんだ・・・もっと深い愛情を持つんだ・・・」と自分に言い聞か

せるように語るのだが、それは決して口に出してはならぬことを口

に出してしまった後の虚しさに似ていた。

 このように小津さんは映像が語ることの歓びよりも、語ってしまっ

たことの悲しみをよく知っている人であった。あるがままのむちずじ

ょな世界を受け入れる小津さんは、付加可逆的に絶えず動く映像

がわれわれの見ることの自由さを奪い去り,映像が語る言葉、その

意味することが世界を乱し、歪めることをもっとも恐れたのである。

それは映画を深く愛しながら、それを限りなく疑うことでもあった。

|

« 明日の『小津安二郎監督の晩春』は混みますよ!!! | トップページ | 吉田喜重『小津安二郎の反映画』から その2 »

文化・芸術」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1056869/27646183

この記事へのトラックバック一覧です: 吉田喜重『小津安二郎の反映画』から その1:

« 明日の『小津安二郎監督の晩春』は混みますよ!!! | トップページ | 吉田喜重『小津安二郎の反映画』から その2 »