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1935年(昭和10年)公開 『丹下左膳餘話 百萬両の壺』

1935年(昭和10年)公開

山中貞夫監督『丹下左膳餘話 百萬両の壺』

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日活のリメイク版・ピョン太文庫に着荷しまし

た。原版モノの『人情紙風船』に比べて画像も

大変みやすく、音声もかなり聞き取りやすくな

っています。左の写真は原版モノDVDで、画像

や音声が昔のものです。リメイク版に、進駐軍

によって切り取られたチャンバラ場面(人を切

り殺す場面は残酷だとカットされた)の幻のフィ

ルムが数秒間挿入されていますが、その落差

に驚きます。中身はとてもまとまっていて面白

いです。アメリカの映画からもかなりヒントを得

、大河内傅次郎も山中貞雄によって喜劇に開

眼したとも言われています。

※東映ヤクザ映画の名監督といわれる『中村

錦之助の沓掛時次郎』『藤純子の緋牡丹博徒』

の加藤泰監督は、山中貞雄の姉の子。山中の

作品には小津安二郎作品とも共通するロウア

ングルが多く、加藤泰の地面すれすれにカメラ

を構える原点がそこに求められると、東映後輩

の鈴木則文監督。

※山中貞雄は1927年4月・17歳で京都第一

商業学校を卒業すると、学校の先輩・マキノ正

博を頼って「日本映画の父」マキノ省三プロへ

入った。シナリオ書きに励み、翌年“嵐寛プロ”

に移籍し、19歳の時に自作シナリオが初めて

映画化され、その後約3年の間に20本も書き

あげた。1927年といえば伊藤大輔監督の

『忠次旅日記』大河内傅次郎主演の三部作が

出現した年で、この映画が日本映画史上の

傑作といわれるように、サイレント映画の表現

が成熟の極みに達した時代だった。

・・・明日に続く

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